ぱぴぷぺ_ぽきぷし通信

過去関心 Poughkeepsie の日記(バスケ式+)

靡哲不愚

2013/7/25の日記

19時過ぎ、また以前のように駅についての帰路
今年はじめてヒグラシの鳴く声を聴いた
なんだか早い気もしたがいつ聴いてもいいな、好きな音色

しかし老老介護は危うい
かかりつけの主治医やケアマネージャーとこうなった時のシミュレーションはしてきた筈なのだがいざそうなると・・・

は突然亡くなり残るは私一人
昨年温存したのと今年分の有休を使いきって五月半ば一ヶ月半会社を休み帰省した

心不全と腎不全で、足は象の、手はグローブの様に、赤黒く腫らした皮膚からは体液が漏れ出ていてそれはもう不憫で見ていられない大正15年生まれの父
とうにかかりつけ医の往診では立ち行かなくなってるのに
それなのになにせ本人が入院を納得しない

大戦を生き延び、原爆直後の廣島で耐え抜いてきた世代は、自分がしっかりしなければという信念があっぱれというか頑固というかどこまでも我慢強いというか
よわよわっちい私なぞにはとうてい真似できない

そんな父がいよいよ入院を承知した
そうなると痴呆を患う母も入院させざるをえない
別々に同時入院と相成った

父母それぞれの見舞いと果てしない実家の断捨離に忙しい日々・・・

病院は出来るだけの治療を施しとりあえず病状が安定すると、ベッドを次の患者に空けなければならない
そこで後ろの期日を切られない療養型の病院と施設になんとか転院させ、ひとまず仕事に復帰した

そうして一ヶ月ごとの帰省、母を連れ出し共に父を見舞う
久しぶりの再会に二人ともたいそう喜ぶ
独り遠い病院での入院生活を嘆く父を慰め、腫れた脚をさすり続ける母の姿がそこにあった
互いにそれぞれの病を抱えつつ、家ではあれだけ毎日喧嘩していたのにそこは長年連れ添った夫婦の機微か


おっと忘れてた

今のことをすぐに忘れ続けるというまことに酷な病の母には、実家にある昔の写真の数々が格好の見舞いのネタだ
書道を愛する母の作品の絵を見せる

「これなんて読むの?」
「びてつふぐ」
「どういう意味?」
「あのね・・・」
即答だ
「へぇ」
昔の記憶は驚くほどに鮮明なんだ

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幻惑されて