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ぱぴぷぺ_ぽきぷし通信

過去関心 Poughkeepsie の日記(バスケ式+)

MASTER TAPE

荒井由実ひこうき雲』 の秘密を探る~ 2010年1月16日放映

「37年前、私の最初のアルバムがここで創られた。これがそのアルバム『HIKO-KI GUMO』 あの頃のことを思い出してみようと思う。」

2012年12月8日 深夜25:10pm
NHK BSプレミアムで三度目の再放映
http://www.nhk.or.jp/fm-blog/050/...

格別の荒井由実ファンではないが、この番組はとても懐かしく面白くって、録画を繰り返し観た。「ひこうき雲」のマスター・テープを元に、完成までに1年以上かかった理由を探るべく、当時のスタッフ・ミュージシャンを交えて再現を試みる。いってみれば、マスター・テープを通した「ひこうき雲」の同窓会といった趣。今はもうないアルファ・ミュージックの「STUDIO A」は、米国のスタジオをモデルに彼の国のエンジニアが作った、日本初の16chマルチトラック録音が可能なもの。今回別のスタジオで、そのテープの各パートを抜き出し聴き比べたりして、まことに興味深い。

キャラメルママ」(「ティン・パン・アレー)のメンバー達の編曲を含むバッキングは、セカンド・テイクや多くても5テイクでOKだったそうだ。が、その後発売まで一年かかったのは、彼女を単に優れたライターではなく、才能あふれる「シンガー・ソングライター」に仕立て上げようとしたレコーディング・ディレクター有賀恒夫氏の姿勢らしい。
参考:An Episode in The Recordings of " Yuming's Classics ''
「デモ録音を終了してから、社内でみなで聴きました。彼女が作った曲は、彼女が自分で歌うのが一番良いと考え、彼女をアーティストとしてプロデュースして行くことに決めたのです。」
「~ 大好きなユーミンの曲をいろいろな方法でカバーしましたが、『ひこうき雲』だけはカバーしないというのが、私の彼女に対する表敬と約束で、いまでもそれは守っています。」

要約と引用
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松任谷正隆:「なんで、ノンビブラートにさせたかった訳?

有賀恒夫:「あのねユーミンのはね、ビブラートがか細いちりめんだったの。それはね、僕にはとても許せなかったの。」

松任谷正隆:「なんで?」

有賀恒夫:「だって嫌いなんだもん。3~4テイク録り、それらのテイクのうまく歌えた一番いいフレーズを繋いでいく。ユーミンがそれを見てて止めてもらいたいって言う訳。どうしてって聞くと『感情がつながらないんで、少しくらい音程が違っていても、きちんと感情が繋がったほうが気持ちがいいんだ』と。でもね、その後、何十年も残っていろんな人がこれを聴く訳。だからそれを聽かれた時に、音程がずれてたりしたらさ、みっともないじゃないですか。それで僕はユーミンにこれ(音程の矯正)は絶対にやめないんだと。」
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この収録では「もとからボーカルに執着がないの、それが長生きの秘訣(笑)」とうそぶく彼女だが、当時ボーカルトレーナーにつき徹底的に訓練させられるものの、有賀恒夫氏の駄目出しにスタジオのピアノの陰で泣いてたそうだ。しかし、それがなかったら、後に名盤として広く世に出ることはなかったのは確かだろう。それは彼女も認めるところだ(正隆氏以外は)

ただまことに残念なのは、この番組のスタジオライブ、その後の訓練を怠っているとしか思えない音の外し方・・・

彼女が一番好きだったという「雨の街を
 E.Gt.:鈴木茂 E.B. & G.gt:細野晴臣 Key.:松任谷正隆 Dr.:林立夫
 予備:http://www.youtube.com/watch?...
     http://www.nicovideo.jp/watch/...
     http://www.nicovideo.jp/watch/...

音源全部入り!:http://www.nicovideo.jp/watch/...
 (予備:http://www.nicovideo.jp/watch/...
おまけ:ガンマン細野晴臣http://www.nicovideo.jp/watch/...

<見逃した方のために・・・なんと動画全部入り>http://www.youtube.com/watch?...
(近々削除されるでしょうが)

エンディング、当時の演奏を聴きながら、その時代を思い出しながら浮かべる彼らの表情がなんとも言えず良い。

最後に・・・彼女の原点
Procol Harum ' A Whiter Shade Of Pale ' 1967
訳詞:http://glad-eye.at.webry.info/200610/...